「この場所に三階建てを建てたら、北側のお宅にどれくらい日陰がかかるのか」「ビルの足元で風が巻いて、自転車が倒れるようなことにならないか」「この平面で、夏場に冷房がちゃんと効くのか」。設計や近隣説明の場面で、経験と勘だけでは答えにくい問いがあります。こうした問いに、建てる前にコンピュータ上の計算で答えを出そうという手法が建築環境シミュレーションです。この記事では、扱える現象の種類、計算がどう進むのか、中小の工務店や設計事務所が実務のどこで使えるのか、そしてAIによって何が変わりつつあるのかを、公的資料や実際の技術発表をもとに整理します。

建築環境シミュレーションとは

建築環境シミュレーションとは、日照・日影、風、熱、空気の流れ、エネルギー消費といった建物まわりの環境現象を、実際に建てる前にコンピュータ上で数値計算し、予測・評価する手法の総称です。図面の段階では「たぶん大丈夫でしょう」としか言えなかった部分を、数値と色分けした図で示せるようになる、というのがいちばんの効き目です。

計算のもとになっているのは、空気や熱の動きを表す物理の方程式です。たとえば気流の解析では、流れを表す運動方程式と、質量・エネルギーの保存則を連立させて解くという考え方が使われます。国土交通省のProject PLATEAUが公開している熱流体解析のユースケースでも、運動方程式・連続式・エネルギー式を基礎方程式として、速度・圧力・温度を計算する仕組みが説明されています(出典: 国土交通省 Project PLATEAU)。

「環境シミュレーション」とひとくちに言っても、対象とする現象によって使うソフトも、必要な入力データも、読み取り方もまるで違います。まずは代表的な種類を押さえておくと、外注先やソフトを選ぶときに話が早くなります。

  • 日照・日影:季節と時刻ごとに、建物がどこにどれだけ影を落とすかを計算する
  • 日射・太陽光:屋根や壁が受ける日射量、太陽光パネルの発電ポテンシャルを推計する
  • 風環境(ビル風):建物ができたあと、周辺の風速・風向がどう変わるかを予測する
  • 温熱環境・気流(CFD):室内の温度ムラ、空調の効き、換気の行き渡り方を可視化する
  • エネルギー消費:空調・照明・給湯などを含めた一次エネルギー消費量を算定する
  • 音・光:騒音の伝わり方や、昼光をどれだけ室内に取り込めるかを評価する
模型実験・風洞実験との関係

風の評価は、もともと縮尺模型を風洞に入れて計測する方法が主流でした。実物に近い現象を捉えられる一方、模型製作と計測に相応の期間と費用がかかります。コンピュータでの計算は、条件を変えた案を何度も試せるのが強みです。両者は置き換えというより、初期検討は計算で絞り込み、重要な案件は実験で確かめる、という使い分けが現実的です。

何を予測できるのか(種類別)

日照・日影シミュレーション

太陽の位置は、緯度・経度と日付・時刻が決まれば計算できます。そこに建物の三次元形状を置けば、冬至の午前九時にどこへ影が伸びるか、といった予測が可能になります。近隣説明や日影規制の検討でよく使われる、いちばん身近な環境シミュレーションです。国土交通省が整備・オープンデータ化を進める三次元都市モデルProject PLATEAUでは、屋根面を細かく区切って日射量や太陽光発電のポテンシャルを推計する取り組みも進められています。

風環境(ビル風)シミュレーション

中高層の建物が建つと、その足元や隣地で風が速くなることがあります。いわゆるビル風です。大林組は、電子地図情報から街区の三次元モデルを作成し、建設前後の風環境の変化を計算する風環境シミュレータ「Zephyrus(ゼフィルス)」を公開しており、防風対策の検討や、粉じん・大気汚染物質の拡散予測、風力発電量の評価にも使えるとしています(出典: 大林組)。植栽や防風壁を入れた案と入れない案を比べられる点は、対策を施主に説明するうえで説得力になります。

温熱環境・気流解析(CFD)

室内の空気の流れや温度分布を計算するのがCFD(数値流体力学)です。空調機の位置や吹出方向、間仕切りの取り方によって、同じ能力のエアコンでも効き方は変わります。CFDはその差を色分けで見せてくれます。屋外に広げれば、街区スケールのヒートアイランド検討にも使われます。前出のPLATEAUのユースケースでは、オープンソースのOpenFOAMを計算エンジンに、一平方キロメートル程度の街区を対象としたウェブ上の熱流体シミュレーションシステムが構築され、神奈川県横須賀市などで実証されています。

PLATEAUの熱流体シミュレーションで、地表面温度・気温・風速の再現性検証がクリアした基準値。一定の再現性が確認されたと報告されている

相関係数 0.4以上

国土交通省 Project PLATEAU「熱流体解析に関する大規模シミュレーション」(2023年度)

省エネ性能・エネルギー消費量の計算

空調・換気・照明・給湯・昇降機などを合わせた一次エネルギー消費量を算定するのも、広い意味での環境シミュレーションです。日本ではこの計算方法が公的に整備されており、国立研究開発法人建築研究所が国土交通省国土技術政策総合研究所の協力のもと、エネルギー消費性能計算プログラムやモデル建物法などの計算ツールと技術情報を公開しています(出典: 建築研究所「建築物のエネルギー消費性能に関する技術情報」)。他の環境解析と違い、こちらは申請に直結する計算だという点が特徴です。

省エネ基準への適合が原則すべての新築へ

国土交通省は、建築物省エネ法第10条に関する解説の中で、原則としてすべての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務付けられること、審査は建築確認の中で構造安全規制等と一体的に実施されることを示しています。政令で定める規模(10平方メートルを想定)以下は除外され、平屋かつ200平方メートル以下で建築士が設計する場合は審査が省略される扱いとされています。実際の適用範囲や手続きは所管の行政庁・審査機関にご確認ください。

計算はどのように進むのか

ソフトによって手順の呼び名は違いますが、大枠の流れはどの解析でも似ています。外注する場合でも、この流れを知っておくと「どこで手間と費用がかかるのか」「どの情報を用意すればよいのか」が見当をつけやすくなります。

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    形をつくる

    建物と周辺地形の三次元モデルを用意します。BIMモデルや地図データを流用できると、この工程がぐっと軽くなります。細かすぎる形状はかえって計算を重くするため、目的に応じて簡略化するのが定石です。

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    条件を決める

    計算の前提を入力します。風なら気象台のデータをもとにした風向・風速、日照なら地点と日付、温熱なら外気温・発熱量・空調の設定などです。この前提の置き方で結果は大きく変わるため、実務ではもっとも神経を使うところです。

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    空間を細かく区切る

    計算する領域をメッシュと呼ぶ細かい格子に分割します。細かくすれば精度は上がりますが、計算時間とパソコンの負荷も跳ね上がります。知りたい場所の周りだけ細かくする、といった調整が必要になります。

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    計算を回す

    各格子について方程式を繰り返し解き、値が落ち着くまで反復します。規模によっては数時間から数日かかることもあり、この待ち時間の長さが従来の環境シミュレーションの弱点でした。

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    結果を読む

    温度や風速の分布を色分け図やベクトル図で確認します。数値がもっともらしいかどうか、極端な値が出ている箇所はないかを見て、モデルや条件の入力ミスがないかを点検します。

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    設計に反映する

    問題が見つかった箇所について、開口の位置、吹出口の向き、植栽や庇の追加といった対策案をつくり、条件を変えてもう一度計算します。この往復を何回できるかが、設計の質を決めます。

建設現場・工務店での使い方

大がかりな研究開発の話に聞こえるかもしれませんが、実務での使いどころは意外と身近です。とくに「言葉では伝わりにくいことを、絵にして見せる」場面で効きます。設備や施工の全体像を整理したい場合は、AI番頭のサービスのような業務整理の入口から検討するのも一つの手です。

  • 近隣説明:日影の広がりを季節・時刻ごとに図で示し、口頭説明の食い違いを減らす
  • 営業・提案:断熱仕様を変えたときの光熱費や室温の違いを、施主に数字で見せる
  • 確認申請まわり:省エネ基準の適合に向けて、設計変更が性能値に与える影響を先に把握する
  • 空調・換気計画:会議室や工場の温度ムラを事前に確認し、吹出口の位置や台数を見直す
  • 仮設・安全計画:屋外作業スペースの暑さや、高所の風の強さを想定して段取りを組む
  • 改修・リノベ:既存建物の弱点(熱が逃げる箇所、風が抜けない箇所)を可視化して優先順位をつける

自社で解析ソフトを抱えるかどうかは、案件の頻度次第です。年に数件であれば、解析会社や設計事務所に外注したほうが総額は安く済むことが多く、日照のように比較的軽い解析だけを自社で持つ、という切り分けもよく行われています。

AI侍AI侍
絵にして見せるのが肝要でござる。数字だけ並べても施主どのの腑には落ちませぬ。色の濃淡で「ここが暑うござる」と示せば、話は一足飛びに進みますぞ。

AIで何が変わりつつあるか

環境シミュレーションの最大の難点は、計算に時間がかかることでした。案を一つ試すのに数日待つのでは、設計の初期段階で何十通りも比べるという使い方はできません。ここに機械学習を持ち込む動きが広がっています。過去に計算した大量の結果をAIに学習させ、似た条件なら計算を解かずに答えを推定させる、という発想です。

大成建設は2019年3月、数値シミュレーション結果をAIに学習させることで建物周辺の風環境を高速に予測する技術を開発したと発表しています。同社の資料では、従来は風洞実験で約2か月、数値シミュレーションで1〜2週間を要していた予測が、数分程度で行えるとされています(出典: 大成建設ニュースリリース)。設計の初期に何案も比較できるようになるという意味で、使い方そのものが変わる変化だといえます。

AIを用いた風環境予測技術による所要時間の変化。従来は風洞実験で約2か月、数値シミュレーションで1〜2週間を要していた

約2か月 → 数分

大成建設「人工知能(AI)を用いた建物周辺の風環境予測技術を開発」2019年3月11日

ただし、AIが推定した結果は学習に使ったデータの範囲でしか信用できません。学習させていない特殊な形状や条件を入れると、もっともらしいが実際とはかけ離れた答えが返る危険があります。重要な判断にかかわる箇所は、従来どおりの計算や実験で裏を取るという前提は変わっていません。

メリットと注意点

得られるもの

手戻りを設計段階に前倒しできること、これが最大の利点です。建ててから「暑い」「風が強い」と言われても打てる手は限られますが、図面の段階なら開口の位置も設備の容量も動かせます。加えて、色分けされた図は専門外の相手にも伝わりやすく、近隣説明や施主提案の場で共通の土俵をつくれます。案を複数比べた記録が残るので、なぜその設計にしたのかを後から説明できるという副次的な効果もあります。

結果は前提条件で大きく変わる

同じ建物でも、入力した外気温や風向、内部の発熱量の置き方が違えば結果は変わります。きれいな色分け図が出てくるため、つい正解のように見えてしまいますが、あくまで「置いた条件のもとでの予測」です。外注する場合も自社でやる場合も、どんな条件で計算したのかをセットで記録し、報告書の前提条件のページを必ず確認してください。

もう一点、法令上の手続きと解析結果は別物だという整理も必要です。省エネ基準の適合判定のように、定められた計算方法とプログラムを使うことが前提になっている手続きもあります。設計の検討に使った解析と、申請に用いる計算は、目的も要求される厳密さも違うものと考えておくのが安全です。

よくある質問

Q小さな工務店でも導入できますか
A

日照・日影のシミュレーションであれば、比較的手の届く価格帯のソフトや、三次元CADに付属する機能で対応できる場合があります。一方、CFDによる気流解析や本格的な風環境評価は、ソフト費用に加えて計算用のパソコンと、結果を読み解く知識が必要になります。まずは頻度の高い日照から始め、風や熱は必要になった案件ごとに専門会社へ依頼する、という進め方が現実的です。

QBIMモデルがあればそのまま解析できますか
A

そのまま使えることは少なく、たいていは解析用に形状を整える作業が入ります。細かい部材や納まりまで入ったモデルは、そのまま計算に回すとメッシュが膨大になり、計算が終わらなくなるためです。とはいえ、寸法や配置の情報を一から入力し直す必要がなくなるので、BIMモデルがある場合の準備工数は明らかに軽くなります。

Q解析の結果はどれくらい当たるのですか
A

現象と条件次第です。日照のように物理的にほぼ決まる現象は精度が高く、風や熱のように乱れを伴う現象は、条件設定やメッシュの切り方で幅が出ます。Project PLATEAUの熱流体シミュレーションの検証でも、地表面温度・気温・風速について相関係数0.4以上という基準をクリアし「一定の再現性を確認できた」という表現が使われており、実測と完全に一致するものではないという前提で扱われています。

Q省エネ計算と環境シミュレーションは同じものですか
A

重なる部分はありますが、目的が違います。省エネ計算は、法令に基づく基準への適合を確かめるために、定められた方法で一次エネルギー消費量を算定するものです。建築研究所などが計算プログラムと技術情報を公開しており、申請の土俵に乗せるための計算だといえます。一方、気流や日射の解析は、設計をよくするための検討ツールという位置づけが中心です。

QAIによる予測だけで判断してよいですか
A

初期検討で案を絞り込む用途には向いていますが、それだけで最終判断まで済ませるのは避けたほうが無難です。AIの予測は学習したデータの範囲内でしか信頼できず、想定外の形状や条件では誤差が大きくなります。絞り込んだ案について、従来の数値計算や必要に応じて実験で確認する、という二段構えが安全です。

関連用語

BIM/CIM

環境シミュレーションの入力になる三次元モデル。形状と属性情報をどう持つかが、解析の手間を左右します。

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建設DX

シミュレーションを含む、建設業のデジタル活用全体の流れ。どこから手をつけるかの見取り図として。

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画像認識AI

現場の写真や映像から状況を読み取るAI。解析結果と実測を突き合わせる場面でも使われはじめています。

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自社のどの業務からデジタル化を始めるべきか迷っている場合は、お問い合わせから現状をお聞かせください。解析の導入そのものより先に、整理したほうがよい工程が見つかることもあります。

出典・参考

国土交通省「【建築物省エネ法第10条】省エネ基準適合義務の対象拡大について」

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/01.html

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国立研究開発法人建築研究所「建築物のエネルギー消費性能に関する技術情報」(協力:国土交通省国土技術政策総合研究所)

https://www.kenken.go.jp/becc/

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国土交通省 Project PLATEAU「熱流体解析に関する大規模シミュレーション」(ユースケース UC23-25、2023年度)

https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/uc23-25/

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大成建設「人工知能(AI)を用いた建物周辺の風環境予測技術を開発」2019年3月11日

https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2019/190311_4599.html

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大林組「風環境シミュレータ Zephyrus(ゼフィルス)」技術紹介

https://www.obayashi.co.jp/chronicle/database/t45-2.html

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