「去年の似たような現場の書類を、AIに探させたい」——そう思ったとき、裏側で必ず働いているのがエンベディング(埋め込み)です。文章や写真といった人間向けの情報を、コンピューターが意味の近さで比べられる数値の並びに変換する技術のことを指します。この記事では、エンベディングとは何か、なぜ言葉の意味を計算できるのか、建設会社ではどの業務に効くのかを、数式を使わずに整理します。社内資料の検索に踏み込んだ建設各社の取り組みと、公的な調査の数字もあわせて紹介します。
エンベディング(埋め込み)とは
エンベディング(埋め込み)とは、文章・画像・音声といったデータを、意味の特徴をとらえた数値の並び(ベクトル)に変換する技術です。日本語では「埋め込み」や「ベクトル化」とも呼ばれます。変換された結果は [0.47, -0.12, 0.26, …] のように実数が並んだ配列で、数字が100個並べば「100次元」と数えます(出典: @IT「Embedding(埋め込み)とは?」)。
たとえるなら、言葉や写真に「住所」を割り振る作業です。同じ町内に住んでいれば近所、県をまたげば遠い。エンベディングはこれと同じ発想で、意味が近いものほど近い場所に、遠いものほど離れた場所に置かれるように数値を決めます。住所さえ付いていれば、あとは距離を測るだけで「似ているもの」を機械的に集められる、というわけです。
エンベディングは、言葉や画像に「意味の座標」を与える下ごしらえです。AIそのものの賢さというより、検索・分類・おすすめ機能を成り立たせる土台にあたります。ここが雑だと、後ろにどんな高性能なAIをつないでも見当違いの資料しか出てきません。
座標といっても、地図のような二次元ではありません。実際の埋め込みモデルでは、初期のword2vecで50〜300次元ほど、BERT以降の新しいモデルでは768〜1024次元以上が使われます(出典: @IT)。人間には想像しにくい数ですが、次元が多いほど「工期に関する話なのか」「安全に関する話なのか」「屋外か屋内か」といった細かな性格を同時に表現できる、と考えると腹落ちしやすくなります。
なぜ意味の近さを計算できるのか
根っこにあるのは「言葉の意味は、その言葉が使われる文脈で決まる」という考え方です。大量の文章を読ませていくと、似た文脈に登場する言葉は自然と似た数値に落ち着きます。Googleの機械学習講座でも、学習の過程で「類似する例のエンベディングベクトルが互いに近づくように」重みが調整されると説明されています(出典: Google 機械学習集中講座)。誰かが手作業で「この言葉とこの言葉は似ている」と登録しているわけではありません。
- 1
資料を扱いやすい大きさに切る
施工要領書やマニュアルを、そのまま丸ごとではなく、見出しや段落ごとの塊に分けます。この切り分け方が粗すぎると余計な話まで混ざり、細かすぎると前後の文脈が失われます。実務で最初につまずくのは、たいていここです。
- 2
数値の並びに変換する
切り分けた塊ひとつひとつを、埋め込みモデルに通してベクトルに変換します。変換済みのベクトルは、ベクトルデータベースなどに保存しておきます。ここまでが事前の準備で、資料が増えたぶんだけ追加していく運用になります。
- 3
質問も同じやり方で変換する
利用者が入力した質問文も、まったく同じモデルでベクトルに変換します。準備側と質問側で違うモデルを使うと座標系がずれてしまい、まともに探せません。
- 4
距離が近いものを取り出す
質問のベクトルと、保存してあるベクトルの距離を計算し、近い順に候補を並べます。よく使われるコサイン類似度は、二つのベクトルの向きの近さを1に近いほど似ている、という形で数値化するものです。
キーワード検索との違い
従来のキーワード検索は、検索語と同じ文字列を含む文書を見つける仕組みです。文字が一致しなければヒットしません。一方でベクトル検索は、文字面ではなく意味的な距離で関連情報を探します。@ITの用語辞典でも、キーワード検索が表面的なパターン照合であるのに対し、ベクトル検索は意味的な関連性をとらえる、と整理されています(出典: @IT「ベクトル検索とは?」)。
この違いは、建設の現場語彙とすこぶり相性が良いところです。「斫り」「はつり」「ハツリ」、「養生」「保護」、「手直し」「是正」「ダメ工事」——同じことを指しているのに、書き手によって表記がばらばら、という書類は珍しくありません。文字列一致では取りこぼす資料も、意味の近さで探せば拾えます。逆に言えば、社内資料の表記ゆれが激しい会社ほど、恩恵が大きい技術でもあります。
意味で探すのが得意ということは、裏返せば「意味を持たない文字列」には弱いということです。製品の型番、図面番号、条文の番号などをピンポイントで探したい場面では、従来のキーワード検索のほうが確実です。実務では両方を併用し、結果を混ぜて表示する作りにするのが定石になっています。
建設現場でのエンベディングの使い方
エンベディングは単体の商品として売られているものではなく、検索や整理の機能の内側で動いています。建設会社の業務にあてはめると、次のような場面が候補になります。
- 過去案件の掘り起こし。用途・構造・規模の近い物件を、キーワードを思い出さなくても引き当てる
- 施工要領書や社内基準への質問対応。「この納まりの標準は」と聞けば、該当箇所を根拠として提示する
- 工事写真の整理。似た構図・似た部位の写真をまとめ、台帳づくりの下ごしらえにする
- 見積の参照。過去の類似工事の内訳を呼び出し、拾い漏れの確認に使う
- 安全管理。過去のヒヤリハットや災害事例から、これから着手する作業に近いものを引き当てる
- 問い合わせ対応。同じ趣旨の質問に過去どう答えたかを、担当者の記憶に頼らず探す
生成AIを活用している企業の割合。「建設」は26.4%にとどまり、全体を下回る
34.5%
帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」
帝国データバンクが2026年5月に公表した調査(2026年3月17日〜31日実施、1万312社が回答)では、生成AIを活用している企業は全体で34.5%、建設は26.4%でした。課題として最も多く挙がったのは「情報の正確性」で50.4%、次いで「専門人材・ノウハウ不足」が41.3%です。この「正確性」への不安をやわらげる手立てのひとつが、社内の正しい資料を探して根拠として示させる作り方であり、その入口にエンベディングがあります。
実際の導入例も出てきています。清水建設は、施工要領書や基準書といった膨大な資料をRAGで検索・参照できる「技術文書アシスタント」を開発し、2024年7月に首都圏の建設現場で試行したのち全社導入に踏み切ったと報じられています。検索時間の短縮と若手への知識継承に手応えがあったことが決め手で、2025年5月以降の説明会などを経て利用者は2,000人を超えたとされています(出典: ITmedia AI+)。
大成建設も、2023年12月に「生成AIを用いた専門技術検索システム」の開発を発表しています。セキュリティを確保した環境で大規模言語モデルを使い、社内書類の技術データから必要な情報だけを選別・抽出して回答する、という組み立てです(出典: 大成建設 ニュースリリース)。「探す」ことを起点に据えている点は、各社に共通しています。
検索の対象は文書だけではありません。竹中工務店の「構造設計AIシステム」は、同社が20年以上蓄積してきた構造設計結果のデータを学習させたもので、BRAINNXで設計した建物約500件、30万以上の構造部材の情報が学習に使われていると公表されています(出典: 竹中工務店)。設計や施工のデータが社内にたまっているなら、そこから似たものを引き当てる余地がある、という一例です。
メリットと注意点
紙のファイルやサーバーの奥を当てもなく開いて回る時間は、日報にも工数表にも載りませんが、確実に発生しています。意味で探せる仕組みは、その見えない時間を削ります。担当者しか場所を知らない資料を、他の人でも引き当てられるようになる点も見逃せません。
エンベディングは資料の正しさを判定しません。廃止された旧版の要領書がそのまま登録されていれば、それを堂々と根拠に出してきます。導入前に「どの資料を正とするか」を決め、改訂したら登録し直す担当を置くこと。ここを決めずに始めた仕組みは、たいてい半年で信用を失います。
- 資料の切り分け方で精度が大きく変わる。うまく探せないときは、まず切り方と元資料の状態を疑う
- モデルを入れ替えると座標系が変わるため、原則として全資料の変換をやり直す必要がある
- 図面や手書きの帳票は、そのままでは文字として読めない。先に文字を取り出す工程が要る
- 「近い資料」を出す仕組みであって、答えの正誤を保証するものではない。最終判断は人が持つ
見落とされやすいのが、社外サービスに社内資料を預ける形になる点です。図面や見積、個人情報を含む書類を扱う以上、契約上どこまで学習に使われるのか、保存先はどこかを確認しておく必要があります。詳しくは情報漏洩対策の記事で整理しています。自社のどの資料から手を付けるべきか判断がつかない場合は、AI番頭のサービスでも業務の棚卸しからご相談いただけます。
どこから手を付けるか
- 1
探す手間が多い業務を一つ選ぶ
全社一斉ではなく、「毎回どこかから探している」書類が一種類あれば十分です。施工要領書、過去の見積、安全書類のいずれかから選ぶ会社が多いところです。
- 2
正とする資料を決めて揃える
最新版はどれか、廃止版はどれかを人の手で仕分けます。地味ですが、この工程の丁寧さが最終的な使い勝手をほぼ決めます。
- 3
小さく試して聞き方を確かめる
現場と事務の数人で二週間ほど使い、どんな聞き方なら望む資料が出るかを持ち寄ります。うまくいかない質問例こそ、改善の材料になります。
- 4
更新の担当と頻度を決める
資料が改訂されたら誰がいつ登録し直すのかを、運用ルールとして書き残します。ここまで決めて、はじめて仕組みとして回り始めます。
エンベディングについてよくある質問
QエンベディングとRAGは何が違うのですか+
役割の階層が違います。エンベディングは資料や質問を数値ベクトルに変える技術そのもので、RAG(検索拡張生成)は、そうして探し出した資料をAIに読ませて回答を作らせるまでを含んだ仕組み全体を指します。エンベディングはRAGの部品のひとつ、と考えると整理しやすくなります。
Q次元は多いほど良いのですか+
一概には言えません。次元が多いほど細かな意味の違いを表現できますが、保存に必要な容量も計算量も増えます。数万件程度の社内資料であれば、一般的な埋め込みモデルの標準設定で十分実用になることがほとんどです。次元数を上げる前に、資料の切り分け方を見直したほうが効果が出る場面が多いところです。
Q自社の資料でモデルを作り直す必要はありますか+
多くの場合は不要です。既製の埋め込みモデルをそのまま使い、自社資料はベクトルに変換して保存するだけで実用になります。社内でしか通じない略語や独自の呼び名が非常に多い場合に、はじめてモデル側の調整を検討する、という順番が現実的です。
Q紙の書類や図面しかない場合はどうすればよいですか+
先に文字として読み取る工程が必要です。スキャンした画像から文字を取り出すOCRを通し、テキストになった段階でベクトルに変換します。手書きの日報や古い青焼き図面は読み取り精度が落ちやすいため、まずは電子データで残っている資料から始めるほうが、成果を確かめやすくなります。
関連用語
RAG(検索拡張生成)
エンベディングで探し出した自社資料をもとに、AIに回答させる仕組み。導入例と精度が上がらない原因も解説。
詳しく見る →LLM(大規模言語モデル)
生成AIの中核となる仕組み。ベクトルに変換された言葉を、どう扱って文章を組み立てているのか。
詳しく見る →トークン
AIが文章を扱うときの最小単位。ベクトルに変換する前の「切り分け」を理解する手がかりになる。
詳しく見る →ハルシネーション
AIがもっともらしい嘘をつく現象。正しい資料を探して示させることが、なぜ対策になるのか。
詳しく見る →出典・参考
@IT AI・機械学習の用語辞典「Embedding(埋め込み)とは?」(2024年1月18日)
https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2401/18/news023.html
出典を開く →@IT AI・機械学習の用語辞典「ベクトル検索(Vector Search)とは? キーワード検索との違い」(2024年2月7日)
https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/2402/07/news021.html
出典を開く →Google 機械学習集中講座「エンベディング: エンベディングの取得」
https://developers.google.com/machine-learning/crash-course/embeddings/obtaining-embeddings?hl=ja
出典を開く →ITmedia AI+「清水建設、生成AIアシスタントを全社導入 施工要領書などRAGで瞬時に検索・参照」(2025年7月4日)
https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2507/04/news103.html
出典を開く →大成建設 ニュースリリース「生成AIを用いた専門技術検索システムを開発」(2023年12月26日)
https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2023/231226_9849.html
出典を開く →竹中工務店「構造設計AIシステム」
https://www.takenaka.co.jp/solution/disaster/designai/
出典を開く →帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」(2026年5月14日公表)
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260514-genai/
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