「若手が勝手にChatGPTを使い始めたらしい」「便利そうだが、施主の名前を入れて大丈夫なのか誰も答えられない」。生成AIが仕事の道具として定着するにつれ、こうした宙ぶらりんの状態を抱える会社が増えています。生成AI社内ガイドラインとは、その宙ぶらりんを解消するために、会社として生成AIをどう使うかを明文化した取り決めのことです。この記事では、ガイドラインに何を書くのか、どんな順番で作るのか、建設業ならではの決めごとは何か、そして作ったあとどう回していくのかを、公的機関の資料と実際の導入事例をもとに整理します。

生成AI社内ガイドラインとは

生成AI社内ガイドラインとは、社員や協力会社の担当者が生成AIを業務で使うときの判断基準をまとめた社内文書です。難しく考える必要はありません。骨格は三つだけで、使ってよい道具はどれか、入れてよい情報はどこまでか、出てきた答えを誰がどう確かめるか。この三点が決まっていれば、残りは運用しながら足していけます。

似た言葉に「AIポリシー」「AI利用規程」がありますが、実務上の違いはあまりありません。強いて分けるなら、規程は人事や情報システムの規程集に組み込む正式な文書、ガイドラインは現場が読んで動ける手引き、という位置づけです。従業員数十名規模の建設会社であれば、まずは手引きの形で一枚から始めるほうが定着します。前提となる生成AIの仕組みを知らないまま読むと守りにくいので、簡単な説明を冒頭に添えておくと親切です。

ひな形はゼロから作らなくてよい

一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)は2023年5月から『生成AIの利用ガイドライン』のひな形を無償で公開しており、各組織が自社の目的に合わせて追加・修正して使えるようになっています。またIPA(情報処理推進機構)も2024年7月に「テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン」を公表し、導入時の考慮事項からルール策定の文書化、リスク管理までを扱っています。まずは既存のひな形を土台にして、自社の言葉に置き換えるのが近道です。

なぜいまガイドラインが要るのか

総務省の令和7年版情報通信白書によると、生成AIを「積極的に活用する方針」または「活用する領域を限定して利用する方針」を定めている日本企業の割合は2024年度調査で49.7%でした。前年度の42.7%からは増えているものの、同じ調査で米国は84.8%、中国は92.8%とされており、方針を決めているかどうかの時点で差がついています。

生成AIの活用方針を定めている日本企業の割合(2024年度調査/米国84.8%・中国92.8%)

49.7%

総務省 令和7年版 情報通信白書

さらに同白書では、方針を定めている企業の比率が大企業で約56%であるのに対し、中小企業では約34%にとどまるとされています。数字を押し下げているのは「禁止している会社」ではなく、使うとも使わないとも決めていない会社です。決めていない状態がいちばん危ういのは、担当者が個人の判断で使い始めても会社が把握できないためです。

現場の関心もそこに集まっています。帝国データバンクが2026年3月に全国1万312社から回答を得た調査では、生成AIを業務で活用している企業は34.5%まで伸びた一方、活用にあたっての課題として「情報の正確性」が50.4%で最多、「情報漏洩のリスク」が33.5%、「トラブル時の責任所在などのルール整備」が25.5%と続きました。正確性と漏洩と責任の所在は、いずれもガイドラインで扱う話題です。

生成AI活用の課題に「情報漏洩のリスク」を挙げた企業の割合。「ルール整備」は25.5%

33.5%

帝国データバンク 生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)

AI侍AI侍
決めておらぬのが、いちばん危ういでござる。禁ずるにせよ許すにせよ、まずは紙に一行書いてくだされ。書かれておらぬ掟は、守りようがござらぬ。

ガイドラインに書く項目

分厚い文書を作っても読まれずに終わります。中小の建設会社であれば、A4で二枚に収まる分量で次の項目をそろえれば十分に機能します。

  • 目的|なぜ使うのか。「業務の負担を減らすために活用する」と、活用を前提にした書き出しにする
  • 適用範囲|誰に適用されるか(社員、パート、出向者、協力会社の常駐者まで含めるかを明示)
  • 使ってよいツール|会社が契約したサービスを名指しで挙げ、個人アカウントでの業務利用の扱いを書く
  • 入力してよい情報・いけない情報|三段階程度に分けて具体例を並べる
  • 生成物の取り扱い|下書き扱いとし、誰が何を確かめてから外部に出すかを決める
  • 著作権と他社の権利|他人の文章や図をそのまま入力しない、出力をそのまま公開しない
  • 困ったときの相談先|判断に迷う場面の窓口と、事故が疑われるときの連絡経路
  • 見直しの時期と担当|いつ誰が更新するか(半年に一度など)

使ってよいツールを名指しで決める

「AIを使ってよい」だけでは実務が回りません。同じサービス名でも、個人向けの無料プランと法人向けプランでは入力データの学習利用の扱いが異なることがあるためです。ChatGPTのように広く使われているものほど、社員は自分のアカウントを持っています。会社が契約した環境を用意し、そこに寄せる形にしないと、会社から見えない場所での利用が残ります。

入れてよい情報を三段階に分ける

情報を「社外に出しても構わない」「社内限り」「限られた担当者のみ」の三段階に仕分け、それぞれ生成AIに入れてよいかを表にします。段階を増やすほど運用は難しくなるので、三つ程度に抑えるのがこつです。個人情報保護委員会は「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」の中で、個人データを含むプロンプトの入力が、応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合には個人情報保護法上の問題が生じ得ると示しています。施主や職人の氏名を含む文面を扱う場面は建設業では日常的なので、ここは具体例つきで書いておきたい部分です。

生成物を誰が確かめるかを決める

生成AIは、もっともらしい嘘をまじえた文章を返すことがあります。この現象はハルシネーションと呼ばれ、法令の条番号、材料の規格値、補助金の要件といった、間違えると実害が出る箇所ほど注意が要ります。ガイドラインには「AIの出力は下書きとして扱い、数値・法令・固有名詞は必ず原典で確かめる」「社外に出す文書は責任者が目を通す」といった一行を入れておきます。

建設業ならではの決めごと

一つの工事に元請・下請・設計・メーカーと多くの会社が関わり、図面や工程表が日常的に行き交うのが建設業です。一般的なひな形をそのまま使うと、次のような場面の判断が抜け落ちます。

  • 図面・仕様書|施主や設計事務所から預かった図面を、要約や質問のために入力してよいか。未公表物件は特に線引きを明確にする
  • 見積・原価|協力会社ごとの単価や自社の原価率は、社外秘のなかでも扱いを厳しくする対象になりやすい
  • 施主とのやりとり|クレーム対応メールの下書きをAIに相談するとき、氏名・住所・物件名をどう伏せるか
  • 現場写真|人が写り込んだ写真や、周辺の建物が特定できる画像をアップロードしてよいか
  • 協力会社の担当者|自社の現場に常駐している他社の社員が、自分のAIで自社の資料を扱う場合の取り決め
  • スマホからの利用|現場でスマホから使うときの端末側のルール(画面ロック、私物端末の可否)
預かった情報には相手方の条件がついている

施主や元請と交わした契約や覚書に、資料の第三者提供や外部サービスでの取り扱いに関する条項が入っていることがあります。自社の判断だけで決められない情報が混ざるため、契約書の秘密保持条項を一度確認したうえで線引きしてください。判断に迷う案件は、書面の条件を確かめ、必要に応じて相手方や専門家に相談するのが安全です。

ガイドラインの作り方

完璧な文書を一度で仕上げようとすると、たいてい途中で止まります。次の流れで、粗くても一枚を出すところまで進めるのが現実的です。

  1. 1

    いま誰が何に使っているかを聞く

    禁止する前に実態を把握します。すでに個人アカウントで使っている社員がいるなら、それを責めずに用途を聞き取ります。使われている業務が、そのまま会社として整えるべき対象になります。

  2. 2

    会社として使う環境を決める

    法人向けプランを契約するのか、既存の業務システムに付属するAI機能を使うのか。入力内容が学習に使われない設定かどうかを、契約前と設定変更のたびに確認します。

  3. 3

    情報を三段階に仕分ける

    社内にある情報を書き出し、社外可・社内限り・限定の三つに分けます。完璧を目指さず、漏れたら困る順に並べれば十分です。

  4. 4

    ひな形を土台に文案を作る

    JDLAやIPAが公開している資料を下敷きに、自社の言葉へ置き換えます。禁止事項だけを並べず、使ってよい場面の例も同じ分量で書くと読まれやすくなります。

  5. 5

    小さく試して文言を直す

    いきなり全社に配らず、事務や積算など一部門で一か月ほど運用します。判断に迷った質問が出た箇所こそ、文言が足りない箇所です。

  6. 6

    周知して見直し時期を決める

    配布して終わりにせず、朝礼や月次の会議で使い方の例を共有します。あわせて、次にいつ誰が見直すかを文書の末尾に書き添えます。

とはいえ、実態の聞き取りから契約形態の確認までを本業のかたわらで進めるのは負担の大きい作業です。どこから手を付けるか判断がつかない場合は、業務の棚卸しから伴走するAI番頭のサービスのような外部の支援を使い、対象業務を絞って小さく試すところから始める手もあります。

メリットと注意点

線引きが決まると使える範囲が広がる

入れてよい情報が決まると、担当者は迷わずに手を動かせるようになります。「不安だから触らせない」が続いていた会社ほど、一枚の取り決めができた時点で日報の下書きや議事録の整理といった業務が一気に前に進むことがあります。発注者から情報管理の体制を問われる場面でも、文書化された取り決めがあること自体が説明材料になります。

禁止だけを並べると形骸化する

「生成AI禁止」とだけ通達すると、便利さを知った担当者が個人アカウントで使い続け、会社から見えないところで情報が持ち出される事態を招きます。禁止する範囲を示すときは、代わりに使ってよい環境をセットで用意してください。

もうひとつの落とし穴が、作ったあと放置してしまうことです。生成AIのサービスは、画像の読み取り、ファイルの添付、社内データの参照といった機能が短い周期で増えていきます。策定時には想定していなかった使い方が現場で始まると、文書と実態がすぐに離れていきます。総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」でも、AIを利用する事業者に対して、リスクを把握したうえで方針や体制を整え、状況の変化に応じて見直していく姿勢が求められています。半年に一度は見直す前提で、更新しやすい分量に抑えておくのが得策です。

先行する建設会社の進め方

大手ゼネコンの動きは、ルールと環境をセットで整えた例として参考になります。鹿島建設は2023年8月、自社専用の対話型AI「Kajima ChatAI」の運用を開始し、自社と国内外のグループ会社の従業員約2万人を対象としました。同社の発表によれば、イントラネット内に環境を構築することで入力した情報が外部に漏洩しない仕組みとし、あわせて従業員認証や利用履歴の記録といった機能を備えたとされています。

清水建設は2025年4月から生成AIアシスタントを全社に導入し、利用者は2,000名を超えたと報じられています(出典: Lightblue 導入事例)。施工要領書や基準書といった社内資料をRAG(検索拡張生成)で参照させ、社内の機密情報を安全に扱うためにシングルサインオンなどの運用機能を備えた点が選定理由に挙げられています。いずれも共通するのは、禁止ではなく安全に使える環境を用意する方向へ舵を切っていることです。

中小の建設会社が同じ規模の仕組みを持つ必要はありません。それでも、会社が契約した環境に一本化する、入力してよい情報を決める、履歴が追える状態にしておく、という考え方はそのまま持ち帰れます。

よくある質問

Q従業員10名ほどの会社にもガイドラインは必要ですか
A

人数が少ないほど、口頭の申し合わせで済ませがちですが、退職や新規採用があるたびに前提が抜け落ちます。分量は多くなくて構いません。使ってよいサービス名、入れてはいけない情報の例を五つほど、迷ったときの相談先。この三つを書いた紙が一枚あるだけでも、判断のばらつきはかなり減ります。

Qひな形をそのまま使ってもよいですか
A

土台としては有効ですが、そのままでは自社の業務に触れていないため守りにくくなります。図面や見積、施主情報といった、自社が日常的に扱う情報の名前を本文に登場させてください。「社外秘情報」と書くよりも「未公表物件の図面」と書いたほうが、読んだ人の行動が変わります。

Q協力会社にも同じルールを守ってもらうべきですか
A

自社の図面や発注情報を渡している以上、無関係ではいられません。ただし他社の社内規程まで指定するのは現実的ではないので、まずは「共有した資料を生成AIに入力する場合は事前に相談する」といった一文を、注文書や覚書のやりとりの中で共有するところから始める会社が多いようです。契約条件に関わる部分は、書面の内容を確かめたうえで進めてください。

Qルールに違反した社員をどう扱えばよいですか
A

処分の規定を作り込むより先に、なぜ違反が起きたのかを見るほうが有効です。会社が用意した環境が使いにくい、承認に時間がかかる、といった理由で個人アカウントに流れているなら、原因は運用側にあります。懲戒の取り扱いを就業規則と結びつける場合は、社会保険労務士など専門家に相談したうえで整えるのが安全です。

Qどのくらいの頻度で見直せばよいですか
A

半年に一度を目安にする会社が多いようです。加えて、使うサービスを変えたとき、新しい機能が業務で使われ始めたとき、社内で判断に迷う相談が続いたときは、時期を待たずに更新します。見直しやすくしておくためにも、最初から作り込みすぎないことが大切です。

関連用語

生成AI

文章や画像をつくり出すAIの総称。ガイドラインを書く前に押さえておきたい前提です。

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情報漏洩対策

ルール・人・仕組みの三方向で情報を守る取り組み。ガイドラインはその一部を担います。

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ハルシネーション

AIがもっともらしい誤りを返す現象。生成物の確認手順を決める理由がここにあります。

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プロンプト

AIへの指示文。入力してよい情報の線引きは、ここに何を書くかの話でもあります。

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生成AI社内ガイドラインは、社員の行動を縛るための文書ではなく、迷わず使えるようにするための地図です。使ってよい道具、入れてよい情報、確かめる人。この三つを一枚にまとめ、走りながら直していく。それだけで、いま宙ぶらりんになっている判断のほとんどは片づきます。

出典・参考

総務省 令和7年版 情報通信白書「企業におけるAI利用の現状」

https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r07/html/nd112220.html

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一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)『生成AIの利用ガイドライン』の公開

https://www.jdla.org/news/20230501001/

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IPA 独立行政法人情報処理推進機構「テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン」(2024年7月)

https://www.ipa.go.jp/jinzai/ics/core_human_resource/final_project/2024/generative-ai-guideline.html

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総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」令和7年3月28日

https://www.soumu.go.jp/main_content/001002576.pdf

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個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」

https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/

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帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」

https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260514-genai/

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鹿島建設 プレスリリース「グループ従業員2万人を対象に専用対話型AI『Kajima ChatAI』の運用を開始」

https://www.kajima.co.jp/news/press/202308/8m1-j.htm

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Lightblue 導入事例「清水建設、生成AIアシスタントを全社に導入」

https://www.lightblue-tech.com/2025/07/04/case-shimz/

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